恋とはどんなものかしら
彼女はどこにでもいる、普通のかわいい女の子でした。
けれど、彼女自身もその背負った出生も、決して“普通”ではいられませんでした。
彼女は人の恋路を見守るのが、何よりも大好きでした。
幸せそうに寄り添う男女を見ていると、自分のことのように心が弾み、温かい気持ちに包まれるのです。
しかし、彼女はまだ恋をしたことがありません。
彼女には恋というものがわかりません。
恋とはどんなものかしら。
少女はただ、見えぬその感情に淡い憧れを抱いていました。
普通の可愛い女の子、エレオノーラ。
しかし、無慈悲にも運命は彼女を壮絶な戦いへと誘うべく動き出しました。
彼女はある伯爵家に仕えるメイドです。
彼女には、敬愛する大切なお嬢様がいました。
お嬢様もまた、エレオノーラを友人の様に、或いは姉の様に慕っておりました。
本当に姉妹であるとは気づかずに。
彼女には夢があります。
大好きなお嬢様が、素敵な令息と幸せな結婚をすること。
彼女はお嬢様の笑顔が世界一大好きでした。
そんな幸せがずっと続くと思っていました。
しかし運命は、無慈悲に彼女を駆り立てることになります。
いつもと同じ日常。ですが、彼女は朝から何だか心が落ち着きません。
何故落ち着かないのか自分にもわからないのです。
どうしたんだろう。風邪の引き始めかな?
いつもと同じ日常、いつもと同じはずであった、日常。
庭の花を愛でる彼女のお嬢様を、鈍く光る刃が襲うまでは。
美しき花園を踏み荒らす黒衣の乱入者達──暗殺者。
護衛騎士が駆けつけるよりも、令嬢を刃が貫くのが先であるはずでした。
戦う力のないはずの少女が、強靭な力を持って暗殺者の腕を握りつぶさなければ。
咄嗟に身体が動きました。熱い血が全身を巡るのを感じました。
大切なお嬢様を救うため、彼女は己の中に眠る、荒ぶる獣人の血を呼び起こしてしまいました。
護衛騎士もお嬢様も、その場にいた者は呆然と動くことができません。
暗殺者達をねじ伏せたのが、メイドの少女──エレオノーラ、否、獣人の娘であったため。
沈黙が支配した空間を切り裂いたのは、大勢の護衛と供にその場に現れた伯爵の、彼女の父の怒声でした。
伯爵は酷く激怒しました。獣人を雇っている等、汚点でしかないからです。
命の恩人であるはずの彼女を、実の娘を追放するほどに。
当然お嬢様は必死に、撤回する様懇願しました。
ノーラは命の恩人であること、出生で差別をすることが如何に愚かであるかを主張し、抗い続けました。
ノーラは何も悪くないわ!と泣き叫び抵抗するもむなしく、
ノーラは安らぎの場所であった故郷を追われることになりました。
凍てつく寒空の下、彼女は独り歩き出します。
不安に震え、瞳からこぼれ落ちる涙を拭いながらも、その足が止まることはありませんでした。
やがて光の精霊に選ばれ、その導きに身を委ねた先で、彼女は風変わりな二人組に救われます。
旅の中で多くの人々に出会い、数多の恋の形をその目で見届けてきました。
それでも、彼女にはまだ“恋”がわかりません。
ああ、恋とはどんなものかしら。
いつか私にも、わかる日が来るのでしょうか。
だって、知らなかったの
そんなある日、彼女は一人の青年と出会いました。
竜の血を引くという、孤高の剣士。
己の強さを誇り、面倒そうにしながらも結局は見捨てられない不器用な青年です。
放った辛辣な言葉のあと、不器用なフォローを入れる、
そんな彼を、彼女は面白い殿方だと思っていました。
彼女はいつしか惹かれ、言葉を交わす時間を何よりも大切に思うようになっていきました。
いつものように会話を楽しんでいた、その時。
ふと、彼が自分をじっと見つめていることに気づきました。
その瞳は、まるで心を焼き尽くすような、情熱的で力強い光を宿していました。
(どうして、私を……そんな目で見るの?)
ふたりの瞳が重なった瞬間、彼女の全身を、雷に打たれたような衝撃が貫きました。
理屈ではない、魂の叫び。
ああ、この人が欲しい。私、この人のものになりたい――。
恋を知らなかった少女が、知らなかったはずの少女が、
人生で初めて、そして生涯でたった一度きりの恋に落ちた
瞬間でした。
青年もまた、少女の魂が恋に染まった、その人生で最も
美しい刹那を目撃し、より深く彼女に焦がれました。
それは、燃え上がる火炎のように激しく、情熱的な恋。
運命の番同士が惹かれ合い、魂の底から求め合う、本能。
それは抗うことのできない、生命の理そのものでした。