わたくしの想い人には意中の女性がいるらしい。
つきりと痛む胸に呼応するように、涙のかわりに唇から想いがこぼれ落ちる。
桔梗。花言葉は変わらぬ愛。
叶わぬ恋だとわかっているのにどうしても捨てきれないこの恋心を表すかのような花。
浅ましい恋心から目をそらすように、そっと花弁を火魔法で消し去った。
*
失恋と同時に「嘔吐中枢花被性疾患」、通称花吐き病と呼ばれる奇病に罹患した。
遙か昔から潜伏と流行を繰り返してきた奇病で、片思いを拗らせると口から花を吐き出す様になる。
それ以外の症状は確認されていない。
そしてこの奇病は吐き出された花に接触すると感染すると言われている。
おそらくは先日女性を助け起こした時に触れた花から感染したのであろう。
根本的な治療法は未だ見つかっていない。但し両思いになると白銀の百合を吐き出して完治すると言われている。
(あの女性の恋はちゃんと叶ったかしら。)
どうか彼女は報われてほしいと思う。
悲しい想いをする人が一人でも減ってくれたら嬉しい。
人々の幸せそうな顔が好きだから。
来る日も来る日も涙のかわりに唇からはらりと落ちる恋心。
おそらくフェミーリエ先生は気付いているはずだ。
時折こちらを気遣わしげに見つめるノーラも何かしら感じ取っているのだろう。
二人に心配をかける情けなさと、消えるどころかますます膨らむ恋心が切なく苦しい。
好きなの。どうしても好きなの。
想いがあふれて壊れそうになる。
魔物から守ってくれる逞しい腕が好き。
目の前の敵を射抜く鋭い目が好き。
ケガはないですか?と聞いて下さった時の優しい笑顔と声が好き。
ふわりと微笑む時の顔がとっても好き。
全部全部好きなの。
どうしようもなく不毛な恋であるというのに。
*
旅する少女達の助力をもってアキツに立ち込めていた瘴気と暗雲が消え去った。
しばらくは休むようにという精霊の助言に従い、束の間の休息をとっている。
とはいえ休んでばかりでは体が鈍ってしまう。
(少し散歩でもするか…。)
活気に満ち溢れた街並みに自然と口角が上がる。
妹との数百年ぶりの暮らし、発作のない体。
なんと幸せなことだろう。
永遠に終わらぬ地獄に苛まれる僕に差しのべられたあの白く温かい手を、魔にのまれ深い闇に囚われた僕を正気に戻してくれたあの蒼く輝く魔力を、こちらを気遣いながら傷を癒す彼女が流した涙の美しさを、生涯忘れることはないだろう。
ふと視界の端にふわりと靡く金糸をとらえる。
反射でそちらを向いた己の瞳がとらえたのは今しがた思い浮かべた少女であった。
声をかけようと足を向け愕然とする。
何故ならいつもの優美で可憐な笑顔ではなく、悲し気に思い詰めた表情で酷くやつれていたからだ。
*
人目をさけ路地裏に姿を隠す少女のあとを慌てて追う。
少女は崩れ落ちるように膝をつき激しく咳き込んでいた。
彼女の唇からこぼれ落ちる桔梗、矢車菊、そして勿忘草。
驚愕に目を見開き互いを見つめあった。
濡れて光る花弁は、まるで朝焼けで輝く青年の髪の様。
浅ましい己の恋心と花弁を吐き出す姿を見られ、少女は絶望した。
一方、恋い焦がれる女性が誰かを想い花弁をこぼす姿を目にして青年は強く嫉妬し、少女をそこまで追い詰めた男に激しい怒りと殺意がこみ上げた。
彼女にあそこまで強く想われておきながら、その手をとらなかったというのか!
我に返り、魔力で花を焼き祝福で浄化し逃げようと少女が咄嗟に魔力を収縮するよりも先に、男が動いた。
澄んだ冬の空気のような魔力をまとう少女引き寄せ、他の男を想い花弁をこぼす唇を、花弁ごと呼吸ごと奪う。
驚き離れようとする細い体を腕にとじこめ、更に口づけを深くする。
艶めかしく吐息をもらし、とまどいながらも必死に口づけにこたえようとする健気な少女にたまらない気持ちになる。
呼吸がままならぬ少女に胸を押され、離れたくないと叫ぶ己の体を叱咤しそっと唇をはなし、しっかり抱き寄せささやいた。
「僕なら貴女をこんな風に泣かせたりしません。
どうか、僕を選んで下さい。」
薄氷の瞳を大きく見開く少女の足許で、白銀の百合が星のように輝いていた。
fin
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